タイ出張で感じた広い回復世界   BOND

前置きに自己紹介させてください。

阪神ダルク入寮中のボンドと申します。今回で3度目のダルクの入寮です。1度目の大阪ダルクには何もかも新鮮で新しい世界でNAも施設も、仲間も。ミーティングと料理プロクラムをこなして没頭してて気がついたら、一年が経ち、退寮しました。その約2年後にスリップ。2度目の入寮は懲役から出て来た時で薬を使う欲求がなかったものの、取り敢えず安全な場所だと思い、神戸ダルクに入寮しました。信じられないほど過酷な人間関係の環境でした。その中で自分の欠点や自己中心的な心が仲間の中にたくさん見せられたにも期間中に関わらず反省するだけで終わっていました。そこにも一度目ダルクと同じように、“仲間のサポート”という大義名分で施設の仕事をこなして、あっという間に2年4ヶ月過ぎ、またも自分のことを良く知らずに退寮しました。リラプス、そして、今回3度目として、今の阪神ダルクに入寮させた頂いています。

さて、本題ですが、今年の11月にタイ語の通訳仕事でタイ王国に二週間ほど、行ってきました。主に薬物依存症専門の病院の中でヨガ療法師の研修プロクラムに参加させて頂きました。ダルクに入寮しながらも、海外出張ができ、タイの家族と有意義な時間を過ごせたことが施設に感謝しかありません。

そのタイの病院で自分と同じように薬物依存症の仲間だけではなく、その人たちに携わる医者、看護師、ソーシャルワーカー、心理士、薬物療法士、大学の研究家などの国レベルの問題まで幅広く話しを聞くことができました。僕の仕事は通訳なので、より鮮明に話しを深く理解することが出来、当事者の自分は誰よりも薬物依存のことが分かると感じて光栄でした。人はなぜ薬を使うかは僕が一番良く知っているからです。そのおかげで、プログラムの中でたくさんの「ありがとう!」を頂きました。嬉しかったのです。

ある日、タイの軍の薬物依存専門病院にチームが講習行きました。タイでは2回目以上、逮捕されると除隊されるので、真剣に軍人が治療に行く秘密の場所があります。彼らの家族も彼らの居場所が知らないそうです。そこでヨガプログラムの一環として、自分に意識を向けさせるために自分のことを話すプログラムがありました。タイの人はあまり自分のことを話すのは経験が少ないので僕がサポートに入りました。二人ペアで交代で「なぜ自分が薬を使ったか」というお題でした。そこに皆が話ししていたことがまるで、日本で僕が日常に聞いているNA仲間のミーティングのようで、それがタイ語で聞けたことに僕はNAミーティング参加しているような感覚になって感動しました。そこに話されたことが出会い、苦しみ、悲しみ、後悔、そして回復についてでした。「友達に勧められて薬を初めた」とか「辞めたいけど、使いたい」とか「切望の毎日」「希望」などについて… 自分の国で仲間の分かち合いができたような感覚で凄く嬉しくなりました。僕が当事者であることを明らかにできない立場だったので残念でしたが本当は僕も自分の経験を彼らにも分かち合いしたかったのです。いつも、小さな世界の中に肩身狭く生活している僕にとって一気に回復の世界が広がりました。回復の中で自分が一人ではないと思っていましたが、一層強く一人ではないだなと、今回のタイの出張に通してより確信することがきました。

今のタイはまだ日本のように社会保障が確立せず、自助グループはもまだ「ヤクチュウの溜まり場」だと認識されいる時代で普及していない現状です。僕はいつか日本で学んでいることをタイの仲間にも手渡しできるように成長し続けていきたいとも思います。ハイヤパワーが相応しくない僕の人生に広い世界を見せてくれたなと大変感謝です。

最後になりますが、

昨年、僕はあるスピリチュアルな経験(心が変わる経験)をしました。ある方に“自分が今、歩んでいる道に回復があるかどうか”と質問しました。そして「今の唯一のあなたの仕事は自分のことを知ることです」と言われました。自分にとって、その瞬間がその言葉が今までの約10年間の今まで入寮と退寮の繰り返し経験の全ての説明となったような気がしてて今の僕のダルクの居る目的にするべきだ僕が感じていました。お節介し人の問題を解決することやあれこれを疑うことをやめることにしました。

今の入寮中は「何をする」「何を学べるか」ではなく、正しい目標は「自分を知る」だと設定し直しました…自分が何者で、世の中に何を…誰を…大切にしていきたいのかという答えを与えられた経験の中に見つけていきたいと思っています。ありがとうございます。以上

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