「ごあいさつ」社団法人かえでの会阪神ダルク 世話人 社会福祉士 みつはし かずあき  

12月1日より阪神ダルクで勤務しております三橋と申します。どうぞよろしくお願いいたします。前の職場を退職してから少し期間があり、その間に南米を縦断して旅をしていました。そのときのことを、少し書いてみようと思います。

10月下旬、アルゼンチンのブエノスアイレスからエル・カラファテまで飛行機で移動し、そこからバスで約3時間の場所に、エル・チャルテンという小さな町があります。世界中からトレッキングを目的に人々が集まる町で、僕も「燃えるフィッツロイ」と呼ばれる、日の出前のわずか10分間だけ山が赤く染まる瞬間を見るために訪れました。

僕は登山の経験もなく、山のことについてもほとんど何も知りません。YouTubeやブログの情報を軽く眺めて、「なんとかいけるやろ」くらいの感覚でいました。
往復9時間、序盤はなだらかなハイキングコースだが、最後の1kmは崖のような道でかなりきつい、中級者以上で体力、忍耐力がかなりいる。―そんなふうに書かれていましたが、あまり深く考えていませんでした。

夜中の1時に出発しましたが、周囲には誰一人いませんでした。「ちょっと早すぎたかな」と思ったのですが、実は朝焼けを目指す人たちは、頂上付近でキャンプをしてその瞬間を迎えるということを、後になって知りました。

しかも、登山道のような分かりやすい道があるものだと思っていたのですが、そんなものはなく、辛うじて道のように見えるものがあるだけでした。当然、周囲は真っ暗な闇。

僕は、Amazonで適当に選んだヘッドライトを用意した自分を呪いました。「これが、命綱じゃないか……」と。

進むにつれて、アルゼンチンの山の中で、静寂と暗闇の中に一人きりという状況に、急に恐怖感が押し寄せてきました。「これ、道を間違えたらどうなる?」「足を滑らせたらどうなる?」スマホは圏外。あろうことか山道の地図も持っていません。ここからは、恐れと孤独との戦いでした。二股に分かれた道を間違えたりしながら、なんとか3時間ほど進んでいった先で、ようやく標識が現れました。それを見た瞬間、僕は愕然としました。まっすぐ進めば、登ってきた街へ戻る方向。僕が目指していたはずの頂上は、なんと反対方向だったのです。いったいどこで道を間違えたのか。頭の中が真っ白になりました。Uターンしても正しい道に戻れる自信はない。かといって、ここまで来て引き返したくもありません。使えないスマホの画面を呆然と見つめ、その場で固まっていました。

そのとき、数十メートル先で、光のようなものが動くのが見えました。「え? なんだ? ……え? あれ、ひょっとして……人か?」ライトは3つに増えました。
「人だ。あれは人だ! 助かった!」3人の女性でした。ついて行っていいかと聞くと、OKとの返事。涙が出そうになりました。山頂で朝焼けを見たのは、彼女たちを含めて7人ほど。そう考えると、ここでの出会いは奇跡的なものでした。しかし、ここからも地獄でした。最後の1kmは崖のような岩場で、しかも流れている水が凍っていて足が滑る。四つん這いになって、なんとか登っていく状態です。足を滑らせたら、下手したら死にます。

恐怖で進むことも戻ることもできず、体が固まっていました。気がつくと、彼女たちの姿はとうに見えなくなっていました。もう進むしかなく、半泣きになりながら登りました。なんとか頂上にたどり着きましたが、そこはいわゆる雪山で、寒くて体の震えが止まりません。手が震えて写真も撮れないほどの寒さでした。

しかし、その先に見たのは今までに見たこともない光景でした。フィッツロイの山が赤く染まり始め、やがて赤から黄金へと色を変えていったのです。カメラを置いて目にしっかりと焼き付けることにしました。本当に、心から感動しました。

疲れ果てていた僕は、下山に5時間かかりましたが、なんとか生きて帰ることができました。帰ってから、「自分はとんでもなく無茶なことをしたのではないか」と思うと、再び恐怖が蘇り、2日ほどトラウマのような状態でかなり苦しかったです。

ただ、孤独感や恐れ、生に対する執着など、あれほど自分自身と向き合った記憶はなかなかありません。二度と登山なんてしたくないと思っていましたが、最近は「今度はちゃんと知識をつけて登ってみたいな」と思うようにもなりました。

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