「私とダルク」                                       尼崎市保護司会 会長 正岡 康子

私とダルクの出会い

初めて「ダルク」を知ったのは、30年程前同期で保護司の委嘱を受けた神戸市東灘区の知人から誘われ参加した講演会でした。講師は、お名前を忘れてしまいましたが、当時開設間もない「大阪ダルク」でスタッフとして働いていた人でした。その人は七色に染めた髪の毛や奇抜なファッションで、今で言う「グリ下」の女子高校生たちに人気があるという方でした。自身も薬物依存に長く苦しんだ経験があり、依存が進むとどのような経過をたどるのか、どのような身体の変化が起こるのか等々、生々しく詳細な話をされました。話を聞きながら壮絶な情景が目に浮かびました。今でもはっきり思い出すことができます。当時は「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」の覚せい剤追放キャンペーン全盛の時代でしたので、その方がどん底の状態からどうやって回復できたのか、仲間の大切さ、回復に向けた集まりの場の必要性、ダルクがどのように生まれてきた場所でどのようなことが日々行われているのか、初めて耳にする話が私の心に大きな衝撃を与えました。

ダルクとのつながり

その後、大阪ダルクの支部のような場を設けようと、尼崎市法務局の南隣にあった労働福祉会館に関係者や賛同者が集まり、何度か会合を持ちました。そこに賛同者の一員として私も参加しました。その会合には大阪ダルクの倉田めばさんや、当時の大阪や尼崎の保護観察官の方も何人か参加しておられたように思います。しかしながら、結局その取り組みは実を結びませんでした。 

そして今、尼崎城の東に位置する尼崎市保護司会サポートセンターの近くに、阪神ダルクが開設され、さまざまな依存症で苦しんでいる方々がありのままの自分で過ごせる居場所ができたと知り、私は嬉しく思っています。  

保護司としての活動

保護司としての活動の中で、薬物依存との関係で最近心配していることは、10代の若者、特に社会的に孤立している女子高校生の間でオーバードーズ(市販薬の用法・用量を守らず、大量、頻回服用すること)が増えているということです。尼崎市保護司会では毎年、市内17の全中学校を各地区の保護司が訪問し、薬物乱用防止だけでなく、不登校生徒への対応、生徒達の校内での日常の様子から卒業生の動向にいたるまで、各校の管理職や生徒指導担当の先生方と緊密に情報交換を行っています。不運にも一線を越え道を外れてしまった場合でも、信頼できるだれか大人に打ち明けて相談し、やり直しが出来るんだよということを子どもたちに伝え、理解してもらいたい、と願いつつ活動を続けています。

結びに代えて~重層的支援制度の発足

令和6年1月に尼崎市と尼崎市保護司会、神戸保護観察所の三者は、再犯防止の推進を目指し三者で協定を結びました。複雑に絡み合った事情を抱え困っている人を重層的に支援しようと、すでに多数の機関が協力し、連携が始まっています。

ダルクと出会ってからずっと私の記憶に残っているフレーズとして「今日一日クリーンでいよう!」があります。このクリーンな今日を、仲間と共に一日一日積み重ねていく、そのためにダルクという場所は欠くことのできない大切な場所だと思います。倉田さんの話の中に、次のような表現がありました。「こうすれば薬をやめられる」という革命的な方法はない。やめたばかりの人、やめてから数ヶ月たった人、薬物をやめて不安になり、状態が悪くなり再使用してしまった人、ダルクのミーティングでさまざまな人を見て、話を聞く中で回復につながっていくことがある。「薬物を使わない」という新しい生き方をする自分がいて、日々現れる症状を自分でチェックして、それを正直に話したら「うんうん」と聞いて認めてくれる仲間やスタッフがいる。そんな一日一日を続けていく。

「今日一日クリーンでいよう!」この言葉を忘れずに、出会いに感謝し、さまざまな局面に向き合っていこうと思っています。

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